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政治家は寿司を食べない。 “男の中の男はキッシュなど食べない”のようだが、たしかに小泉前総理は、彼が愛するプレスリーの、グレースランドの邸宅を訪れた時、ピーナッツバターの揚げサンドイッチを食べていたような気がする。
だが概して寿司にしても、海外でも人気の日本料理にしても、世界の指導者たちのお気に入りとなっている。
だから天一にも彼らがやって来る。 天一、もはや天ぷらの代名詞、で彼ら彼女らはとぴっきりの満足を味わうのだ。銀座の天一は、世界で最も有名な天ぷら料理店である。もちろん、どこが最も有名かということでは批判家からは議論百出だろうが、良質の油、適度な温度、新鮮な素材、そして油切れのいい天ぷらを揚げるシェフ、といった面から、天一は頂点に立つ。とにかく素晴らしいのだ。 入りロにあるシラク、アナン、シナトラ、クリントン、そしてシュレーダーといった面々の表情が、その素晴らしさを物語っている。石庭のある待合室では、ゴルバチョフやキッシンジャーの写真とともにシャガールの絵が飾られている。まるで私のお気に入りのレストランですよ、というかのように。

ランチはディナーに比べて多少、席に余裕がある。これは天ぷらが“男の食べ物”であり、女性はお昼に油を摂取することを避けたいからか。ここではそんなことは気にする必要はないのだが。夜ともなれば、マイク・ミルケンの子分たちが集まる舞踏会場の様だ。 東京市場の勝利者たちがその儲けに酔い、あるいはその負け分を、天一の喧騒の中に消し去ってしまおうとする。 1930年創業の天一は、今では東京中に支店をもつが、近隣にエルメスやシャネルもある、この本店は別格である。店の界隈はラスベガスのようにネオンがまばたき落ち着かないが、一歩店の中にはいれば、まさに禅の世界。 整えられた活花、落ち着いた照明、障子窓や木柱、年代ものの絵、そして何より新鮮な魚たち。 フロアごとに10人もはいればいっぱいのカウンターがある。政治家やセレブたちは、それを密室にして、天ぷらを味わう。だから誰からもその大食漢ぶりを見られることはないのだ。 

そして、ああ、何ていうご馳走だろう! 和服を着た女性が白いエプロンを結んでくれて、まずはサラダをゴマ風味のドレッシングでいただく。 次にお通しとして新鮮な豆のはいった“おから”。ふんわりと軽い。 さらに海老の頭がさっと揚げて出てくるが、寿司屋ほど大雑把ではなく、しかしけして上品すぎることもない。 本当に、食べてしまうのが惜しい気がする。 熱さと塩と油と海老の頭の波状攻撃に圧倒。 もう夢中になってしまう。 

そして次、薄い織地をまとったような繊細な衣に包まれて、3本の海老が登場。 そしてそれらは文字通り、ロのなかで広がってゆく。 何という海老だろう! 今朝 近海でとれたぱかりだ。 アメリカ人にとって、これは驚き以外の何物でもない。 なにしろ、海老といえばシズラーやレッドロブスターあるいはニューヨークやサンフランシスコのちょっと高級なレストランでしか見たことがないのだから。 西洋では生きた海老どころか新鮮なものだってめずらしい。 さあ、ここに来たれ、海を知らぬ者たちよ。

胡麻油の芳しさと、油にタネを入れるときの音によって、食欲は絶頂に向かう。 天一ではまずビールだ。 そして気持ちを落ち着けてから日本酒に至る。 着物の女性の穏やかな身のこなしに包まれて。 揚げ方は天ぷらを揚げ、女性は客をあたたかくもてなす。まさにセルフサービスの対極といえる。 そう、古き良き南部、いやそれ以上のサービス、料理は奴隷制を取り除いた「マンディンゴ」を彷彿とさせる。 もちろん、奴隷制ではない。この手厚いもてなしに対して十分な対価は必要だ。海老の次は、新鮮な海の幸、それがひとつひとつ。穴子、鮎などは、文字通りロの中でとろけるほど美味。

それぞれの天ぷらには、大根おろしがたっぷりの天つゆ、レモン塩そしてカレー粉が用意されている。魚にはレモン塩がいい。魚の繊細な味わいを隠さず、むしろ強調してくれる。 野菜ならば、天つゆが白眉。 アスパラ、銀杏、きのこ、小ナス、ししとう、すべて国産で、すべてとても新鮮で素晴らしい食材だ。 中でも秀悦なのはさつまいもだ。我々が感謝祭に食ぺるポテトのようなものではない。 色は薄黄色で身もしっかりしていて、揚げ物にぴづたりの素材。 もし原価がそれほどでもなければ、ファーストフード店でも人気を博したかもしれない、というのも世界でもっとも美味しい揚げポテトといえるからだ。

懐に余裕があれば、あわぴ、帆立貝、カキなど‘深海探検’にお金を使おう。 といっても、探検家ソー・ヘイヤーダールの足跡をなぞる必要はない。 食事の最後に、揚げ方が天丼をつくってくれる。 天丼、それは海老や魚の天ぷら、それにかき揚げなどをご飯の上にのせて、天つゆをかけたものだが、あっという間につくってくれる。 女性は、それからエプロンを外し、別室へ案内する。 そこでは極上のフルーツとお茶が待っている。そこでゆっくりとくつろげるのだ。 自分の胃袋をどれくらい満足させたいかによるが、晩餐なら、100ドルから300ドルは必要。 唯―慰められるのは、寿司よりは安い、ということ。 しかし、少なくとも貴方の食に関する新境地は見出せるはずだ。 揚げ物という料理法がこれほどまでに人を惹きつけると誰が思っただろう。 でもたしかに天一は、あなたを惹きつける。 そうあなたは、きっと再訪するに違いない。
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